インターナショナル幼稚園編 STORY 03
【インターナショナル幼稚園編 STORY 03】
お読みいただく前に…
これは30年以上前の話です。社会情勢や法律など、現代と大きく異なっています。今では考えられない出来事もありますが、そんな時代もあったのかと広い心でご覧いただければ幸いです。
オール英語の職員会議。英語力のない私に書記は務まるのか?
初めて見る外国人に泣き叫ぶ子どもたち
ゴールデンウィークまでは半日保育。保育時間は9時から12時までです。園バスの運行開始はゴールデンウィーク明けからと決まっていたので、初日はスタッフ全員で出迎えることができました。園児たちも最初は笑顔を見せていたものの、2歳児・年少児のほとんどに集団生活の経験はありません。保護者と離れるのも不安な年齢ですから、教室の前にいる外国人を見て号泣することは容易に想像できました
泣いている友だちに釣られ、ご機嫌で保護者から離れた園児も泣き叫んでいました。私には想定の範囲内でしたが、外国人先生にとっては初めて見る光景だったのでしょう。ただ困惑し、呆然と立ち尽くしています。4・5歳児だけは、日本人スタッフの声掛けで、なんとか教室に入ることができました。
前途多難? 予想以上に大変だった初日
年少児、ましてや2歳児はそう簡単にはいきません。保護者に抱かれている子に手を差し出しただけで噛みつかれる始末。数名は保護者に抱かれたまま教室に入りました。外国人先生は笑顔で園児たちに話しかけようとしますが、あやせば泣き、泣けばあやすの無限ループ。靴を脱ぐこともせず、保護者以外とは目を合わさない園児。結局泣かせただけで初日の保育は終了しました。
その日の泣き声の凄さたるや、降園後もしばらく耳の中がジンジンするほどです。どの先生も疲れ切っていましたが、今日の反省と明日以降の改善策を講じるため、話し合いは避けて通れません。外国人先生も終日勤務となっていたので、昼食後に職員会議を設けることとなりました。
アダム園長不在のまま、職員会議がスタート
ランチタイムが終了し、ラフィ、ベス、トニー、田村理事長、百合さん、そして私の6名が席に着きます。しかし、朝から何度も目にしたアダム園長の姿はありません。「Where is the principal?」と尋ねるラフィに園長の不在を告げる田村理事長。その場にいた全員目が点です。隣に座っていた百合さんは「彼は他に仕事を持っているの。ここに来れるのは月に1回くらいね」と私に耳打ち。その時の驚きったらありません。
日本語を理解できない外国人先生ばかりだというのに、頼みのアダム園長は不在。どうして会議を進めたらいいのでしょう。進行を務める田村理事長の英語は、簡単な日常会話どまり。私の方がマシなくらいです。会議をはじめるにあたり、田村理事長は「全職員で共有するから、会議の内容を記録しておきなさい」と私に告げました。頭の中はもう真っ白です。
オール英語の職員会議で、私は議事録を残せるのか
とりあえず取り出したのは、和英辞典と英和辞典。研修中から、なくてはならない相棒でした。辞書を引くのに苦戦している私を尻目に、反省点や改善点など意見が飛び交います。書記を務める私への配慮などなく、外国人先生はガンガンとまくし立てています。ただでさえ早口のラフィ。集中していても聞き取りにくいのに、書きながらなんてわかるはずもありません。
発言者の名前と聞こえてくる単語を書き殴るだけ、内容まで理解するのは不可能です。進行している田村理事長は笑顔で「Ah〜ha〜」と相槌を打っていますが、果たして本当に理解できているのでしょうか。明日以降も保育は続くのに、こんな状態でいいのかと怒りはふつふつ湧いてきます。でも会話を聞き逃すのが怖くて口を挟めませんでした。
あっという間に退勤時刻です。私の意見は何一つ伝えられないまま職員会議は終了し、契約遵守の外国人先生はそそくさと職員室を後にしました。私はというと、英単語と日本語が乱雑に並ぶB5のノートを前に頭を抱えるしかありませんでした。誰もいない職員室で書き留めた内容を整理し、そこから議事録にまとめます。2冊の辞書をを駆使しながらなので作業は遅々として進みません。なんとか形になったのは20時を過ぎていました。パソコンはおろかワープロもそれほど普及していない時代、手書きの議事録はその後も私の体力と気力を奪っていくのです。
続く
「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」は主人公である高山杏の体験をもとにしたフィクションです。実在の人物、設定は架空のものです。