外国人先生に新たな教育方針は伝わるのか?
【インターナショナル幼稚園編 STORY 08】
お読みいただく前に…
これは30年以上前の話です。社会情勢や法律など、現代と大きく異なっています。今では考えられない出来事もありますが、そんな時代もあったのかと広い心でご覧いただければ幸いです。
理事長と外国人先生の板挟み。どうすればいい?
一般的な日本の保育にシフトチェンジ? 外国人先生には理解不能
英才教育を導入するのは新年からと決まりました。国語や算数にも時間を割くとすれば、それまでに一日の流れを見直さなければなりません。実践するのは私1人、3クラスとも私が担当するわけです。時間が重ならないように、各クラスの時間割を細かく決め直す必要がありました。どれほど綿密に定めても、思うようにいかないのが保育の常です。アクシデントは当たり前。泣く子がいれば計画通りに進みません。それでも理事長は、時間割通りに実行することを最優先にすべきと言うのです。
これまで何度も職員会議を重ねようやく見えてきた園の方針。外国人先生とコミュニケーションが取れるようになり、やっと浸透してきたばかりです。理事長の一存で変えていいものでしょうか。もともと日本の保育を取り入れることに反対だった外国人先生に、新たな方針が受け入れられるはずもなく、厳しい局面を迎えることになるのです。
方針には逆らえず。自分の意志と裏腹に外国人先生の説得を試みる
通常の保育に国語や算数を加えるとなると、のんびり保育してきた外国人先生にも焦りが見えてきます。時間に制限を設けられるのですから、気持ちにも余裕がなくなるのは当然のこと。その弊害を受けるのは園児です。幼い子は素直ですから、大人の感情がよくわかるのでしょう。特に2歳児クラスで、ぐずる子が増えてきました。ぐずれば、時間が押してくる。時間が押せば、保育に支障をきたす。計画通りに進まなければ、理事長に呼び出される。まさに負のスパイラル、全く出口が見えません。職員室では理事長からの叱責、教室に行けば担任から不満を聞かされる毎日に辟易したものです。英語で意思疎通を図れるようになっていたのが、せめてもの救いでした。私自身も反対の立場ながら、何度も繰り返し説得を続けました。
園の方針に従うことは雇用契約書の通り? 一歩もひかぬ理事長
何かあれば、雇用契約を盾にしてきた外国人先生。園の方針が大きく転換することは契約違反になるのでしょうか。答えは否でした。休日や勤務時間など、労働条件は詳しく書かれていたものの、職務内容に関する規定は大まかで「保育に携わる業務については園の方針に従う」としか記載されていません。これまで雇用契約を理由にさまざまな業務を拒否してきた外国人先生も、どうにもならないところまで追い詰められたのです。
雇用契約を盾にできないとわかった理事長はますます強気になりました。理事長以外の全員が反対の姿勢を示しているにもかかわらず、方針転換を急ぎます。ここから理事長はいっそう監視の目を厳しくしていくのでした。
防犯カメラという名の監視カメラ。一瞬足りとも気を緩められず。
防犯とは名ばかりの定点カメラ。理事長は毎日、各教室の保育風景を監視しています。時間割に違えば、相も変わらず呼び出されました。常に見られているという緊張感は外国人先生の心をも蝕んでいきます。私も例外ではありません。不眠が続き体調を崩すことが多くなりました。
そんな私を支えていたのは、園児の笑顔と保護者からの労いの言葉です。理事長の口八丁に丸め込まれたのか、突然の方針転換に異論を唱える保護者は皆無と言っていいほど。英語というベースは崩さないという約束に納得したのでしょう。人の良い保護者ばかりでしたから、方針転換のたびに七転八倒する私の身体を心配してくれるようになりました。もちろん仕事中は笑顔を心がけていましたし、元気良く飛び跳ねてもいました。そんな努力も虚しく、保護者に知れるほど疲れていたのでしょうね。
英語と英才、どっちつかずの保育。保護者にも不安が広がる
運動会終了後も、私の残業は続いていました。私の仕事は前述した通り、3クラスの副担任と事務作業です。園児の登園中は職員室に篭ることもできず、保育以外の業務に取りかかれるのは16時以降。翌日の準備や共用部分の清掃を終えてからスタートするしかありません。その時点ですでに終業時間でした。配布物の作成や備品の発注、未納保育料の督促まで行うとなれば、残業するしかありません。園児のバースデーカード、お遊戯室と入り口に飾る季節の装飾も私の担当だったので、特に月末は大忙しでした。国語と算数の導入でさらに仕事が増え、フラッシュカードまで制作しなければなりませんでした。たった一泊二日の研修を受けただけ。しかも見よう見まねで作った教材。この程度で何ができるというのでしょう。夜を徹して作ったカードやポスターも園児から見れば退屈だったと思います。「楽しくない」とお家でこぼすこともあったでしょう。英才教育導入後わずかひと月で、私の耳にも保護者の不安の声が届くようになりました。
続く
「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」は主人公である高山杏の体験をもとにしたフィクションです。実在の人物、設定は架空のものです。